Monthly Archives: 5月 2011

美しい言葉と行動

22 5月 2011

先日 私が車を運転している時にとても高そうなピカピカの外車が、急に車線変更をしてきました。
その車の中には若いを女性を助手席に乗せて得意げな中年男性が、その男の人の運転のしかたが 本当に荒くて
ひやっ!としたのは私だけじゃなくて、周りの車のドライバーの方たち全員に迷惑だったでしょう。
そんなに急ぐ事があったのか、または何かでイライラしていたのかは分かりませんが、運転に一貫性がなく ムラがあり 周囲の迷惑を一切考えない 横暴な運転でした。

あんなにきれいな外車には 不釣合いな人だと思いながら ある事を考えていました。
一時 品格という言葉がもてはやされていましたが、私は 品格より品性という言葉のほうが 好きで良く使います。
品格と言うと なんだか かなり高級な宝石や皇室や王室の方などを想像してしまうからです。
一方 品性は道徳的な基準とか その人が生まれ持っている性格や 人格のほうが近いのです。

美しい言葉を話す人は行いも自ずと伴い きれいな言葉にしてその人の口から出る事とお腹の中は違わないということなんでしょうか
もし汚い言葉や乱暴な態度をとっている人(この場合は方言とかは違います)は 生活全てにおいて雑で いい加減なのではないでしょうか?

丁寧に生きると言うことは 言葉や考え方がちゃんと 備わっていなければ 出来ないのです。
子供の時からの 親の躾であったり、きちんとした教育であったりといった そんな基本的で根本的な事がなければ 自然とは備わってはこないものなのでしょう。

品格云々の本の中で書かれていたことは、普通に育ってきた私には 目新しい事はなく 読んでいてがっかりしたものです。 当たり前の事が
当たり前に出来ても 品格が〜とかはね あまり言わないと思いました。
このくらいの事は 生まれ持った性格 品性のほうではないでしょうか?

この品性って、日常の小さな事の中にも現れるのものです。ドアを次の人の為に開けておくとか、何かしてもらった時に
有難うと言うとか、穏やかに安全運転をするとか、(決して歩行者すれすれに右折をしない)車を運転すると 人格が変わる人って…
どんな性格なんでしょうか。

素敵に生きる為には、まず自分を客観的に見ることです。
美しい言葉を話している人からは、けっして乱暴な行為は生まれてこないように、いつも自分が発している言葉や、している事に気をつけるようにしたいものです。

Happiness な女性(ひと)

14 5月 2011

昨日 友人のお婿さんの音楽会に行ってきました。 彼は世界的に有名なヴァイオリニストでありますから、当然
Kitara の大ホールは満員で 熱い期待と共に出てきての演奏は  坂本九が歌ったあの有名な曲 見上げてごらん夜の星を から始まり
ブラームスの曲が続きました。 あれあれ? いつもは派手なステージセットと照明があり いつものエレクトリックヴァイオリン
ではないアコースティックヴァイオリン とピアノだけ???

第2部になって初めて 彼の得意なトークがでてきました。この時期にツアー公演をするのをかなり悩んだ挙句のこの決断だったそうです。音楽家は音楽でしか支援出来ないからと…

今 彼は奥様と二人のお子様と一緒にロンドンで住んでおり、時々私の友人が小さな子供たちの送迎を頼まれるために、ロンドンに行きます。そんな友人は素敵なお嬢様(テレビのバラエティ番組で時々出ています)もいるのに
なおかつ素敵なお婿さんもいて羨ましい限りなのです。

でも そんな彼女は いつもお婿さんに楽しい思いをさせてもらっているので、もっと感謝しなければ…と言っています。
折りにつけ そのような言葉を口に出来る友人はとても輝いて、イキイキと若々しく素敵です。
たとえ 自分の娘であろうと、婿であろうと、誰かに感謝をしながら生きている人は Happy です。
幸せオーラを出しているので まわりの人も自然と笑顔になるのですねぇ〜〜〜

美しい仕草の女性(ひと)

7 5月 2011

私は 十数年もお茶を習っていますが、お茶の世界では まだまだひよっ子の段階です。それだけお茶の世界は厳しく尚かつ奥が深いのです。

ある時のお茶会での事です それはもう70歳をとうに超えていると思われる方が お点前をしていました。
静かな会場に 聞こえるのは松風(お釜のお湯が煮えたぎっている音)のみ 淀みなく流れるようなお点前に息を殺して見つめ そしてお茶が
それはもう美しい緑色のビロードのように練り上げられて 定座に出された時には軽くため息がでた程です。

その方は白髪の髪をきれいに結い上げ、銀鼠色の着物をゆったりとお召になり 最初は
にこやかに出てきたのですが、一旦点前座に座ると凛とした空気を醸し出し 幽玄と静寂の世界へと誘ったのです。

何故 その方のお点前が美しいと感じたのでしょうか
思い起こせば台湾に旅行した時にも 同じ感覚に囚われた事がありました。
朝の散歩で見た光景でした 公園の中で真っ白い髪をしたお婆さんが ゆっくりと太極拳をしていたのですが、
それはもう見事!としか言いようがない光景ででした。
どこまでも軽く 力みの無い 体重移動と足さばき そして指先まで使った手の動き どれをとっても 凡人には真似の出来ない事でした。

お二人に共通する事は その形を自然に出来るようになるまでに どれだけの時間をかけられたのか と言う事ではないでしょうか?
体軸が真っ直ぐで 無駄な動きが無く 一連の動作は流れるごとく そして見る物に感動を与えるほど、美しい!
そうなんです 美しい動作 所作とは 訓練による賜物なのです。一朝一夕には出来ないものなんですね!

子供の頃からの食事中の躾の一環である お箸の持ち方や、食べ方に 自然と出てくるのでしょう
私も これから美しい所作を目指して 益々研鑽していかなければと 思っています。

いつか時間が出来たときには ぜひ太極拳を習ってみたいと思いながら、今日もヨガでストレッチをしている
私です。

私の部屋

4 5月 2011

今日 テレビ番組で、片付けられない女性が出てきて 彼女のお悩
みを解決しますと言うよくある番組をみていました。
その番組のなかで片付けの法則なるものを教えていましたが、ふ〜
んなるほど と言っていることはよく分かりましたが、すご〜く汚
れてから 片付けるのは大変なんですよね! そこまで汚さなくて
も、 物はあるべき所に置く!余計な物は買わない!物は必要以上
に増やさない!
ゴミはすぐに捨てる…なんて事をしていれば、あそこまで汚くなら
ないだろうと 思ったわけです。

片付けられないということは なんか何処かが欠落しているのでは
ないのでしょうか?
私は潔癖症ではないけれど、部屋が汚れているとか、汚いとかは
もっての他で、家の中は私が一番落ち着く場所でありたいから 
好きな物を置き 好きな香りのアロマで一杯にしたい。
だから 仕事以外では外に出かけるのが好きではないのかもしれません!

ちなみに私の好きなものは 家具 特に椅子 リトグラフ お花 
陶器 バービー人形 フィギュア(特にキャラクターもの)
こうして羅列してみると 秩序がないみたいですが…
好きなビクトリアン調の椅子に座り エディアールの紅茶をヘレン
ドのポットでカップに注ぎ、かたわらのティーテーブルにはいつも
白を基調としたお花が活けられ(時々バービー人形も飾られます)
そんな 朋子ワールドなのですが、時々夫がPC関係を持ち込
みます、それが私には無骨な無用の長物に見え 片付けと称して捨
ててしまいます。
(だって 黒い似たような線ばっかりなんですもの…)

ああー 時々一人で住みたいと思うのでした。