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続いての京都どす〜

27 5月 2012

京都でのお茶会に出席する為に日曜から行って参りました。今回はお茶の先生とご一緒でしたのでJALでいく事にしました。先生はもちろんお着物をお召しで荷物もありますし
私は迷った挙句着物一式はトランクの中へ入れていつも通りのカジュアルな服装でお供いたしました。着物を着ていても行動と歩く速度が早い私ですが、ジーンズですと
もう先生の倍のスピードでチケット買いに走ったり、列車はるかの自由席をトランクを二個引きながら押さえ
飲み物を買いにホームへダッシュしたりと本当に動きまわります。その後をいつでも急ぐことなく先生がゆったりと歩いていらっしゃるのが
私と先生のお決まりのパターンなのです。

今回のお茶会は炭屋さんと言う 京都でも有名な老舗旅館でのお茶会ですから いく前からその準備が大変でした。着物は5月だから当然暑くても
まだ袷でいいはず…だったのが、いく直前に京都では 葵祭(6月15日)を過ぎたら単になるというのが分かり
慌てて袷の着物をしまい単の着物と交換しましたが、ただ着物を取り替えるだけではありませんでした。着物は単にしてもまだ襟は絽ではなく、それに準じて帯も小物も夏用の絽は避けるのが通例なのだそうです。私は夏用で透けない素材の唐帯にして
夏用ではないそうかと言って冬用ではない帯揚げと帯締めにしました。

案の定 京都では他の社中の皆さんが単でしたので
私達も恥をかかずに済みました。お茶をしていなければ分からなかった事がいっぱいありますが、お茶のお稽古をしていて良かった事の方がもっと沢山あります。一期一会と良く言いますが、本当にその通りで今自分にとって
大切な人とはちゃんと会うべくして会っているのです。これからどんな人と出会うかは自分の心がけ次第なのです。

私は一度若い時にお茶を習い始めましたが、今の先生との出会いがなければ
お茶を続けてはいなかったと思います。お茶の世界の面白さや奥深さを教えていただけたのは今の先生であり、最初の時の挫折を経た後の自分が少し大人になった時だったからでしょう。最初は長く正座をしていることも辛くややこしい順番やぎこちない所作で先輩達のようには出来ない自分が惨めで嫌になったからなのです。
今だったら他の人と比べるのではなく、自分との戦いで毎日練習を重ねていれば自然と出来ていくのだと
その時の私自身に言って聞かせたいですね。どんな事にも最大限努力を惜しまなければなんとか形になっていくものです。

これはお茶に限った事ではなくダンスでも語学にも同じ事が言えるのです。継続は力…本当にその通りなのです。若い皆さんは途中で
ああもういいや!と簡単に諦めてしまいますが、実にもったいない事です。
今まにそれに費やした時間や努力や苦労が泡のごとく消えてしまいます。上達の速さには人それぞれのスピードがありますが、努力をすることで確実に実力は上がってきているのです。私は自分に残された時間はそれほど多くはないと思っていますので、いえ私が病気というわけではありませんが
年齢の事を考えるとそう思うのです。だからこそ今出来る事は時間を惜しまず
先延ばしにはしないと言い聞かせています。その人にとっての時間は必ず決められているのですから
中身の濃い充実した時間を過ごして欲しいとおもいます。

都をどりで京都を満喫

14 5月 2012

本当に久しぶりにブログを書いています。言い訳じみていますが、このところ気持ちを落ち着けて心の整理とそれに伴う文章を書く余裕がなかったためです。先日何人かの友人達と会食する機会がありそれを指摘されてしまいました。こんな私の稚拙な文章を読んでくれている貴徳な人達がいるのです。その方達の思いは本当に私にとっては有難く真摯に受け止めなければいけないと思いました。

さてゴールデンウイークの前半にはあのLCCのピーチエアーで京都に行って来ました。値段が格安のわりには機材が新しく、座席が狭いといえば狭いですが、あのお値段でしたら我慢出来る範囲でした。そのかわりホテルをグレードアップしてラグジュアリー感を満喫してきました。

京都では夫の友人夫妻が至れり尽くせりでの歓待で美味しい京料理を消化薬を飲みながらも残さずにいただいてきました。そしてあの
祇園の都をどりの華やかな舞台を堪能してきました。別室での美しい芸妓さんによるお茶のお点前からはじまり
美しい日本庭園を見ながら舞台へと期待は高まり 美しい舞妓さん達の群舞から始まり うん なるほど華やかな舞妓さん達の舞にうっとり〜
舞台は次々に変わるのですが、幕を下ろしたりせずに素早く変わっていくのをボーっと眺めているだけでした。でも中盤以降の舞台に現れた
3人の芸妓さん達が舞はじめたらあたりの空気が一変してしまいました。3人の踊り手である芸妓さん達の
息もぴったりの舞はそれはそれは素晴らしいの一言で少ない動きの日本舞踊のなかでも 中腰でしなやかに舞う その姿に強く惹きつけられ
物語の中へと誘われてしまいました。

制約された日本舞踊の身体の動きに対して長年培ったであろう わずかな首の傾け具合 伸びやかな指先 その目線だけで官能と悲しみが宿っているのを見て取れました。
私達はため息とともにその3人の舞に目が離せなくなり その後に舞妓さん達の艶やかな群舞を見ても ただただその3人の芸妓の姿を追っていました。

素晴らしい踊り手は観客を魅了するものですが、バレエやオペラのような華やかな動きや音楽や歌がなくても
こうして唄い手さんたちの長唄に耳を傾け鼓や太鼓や笛の音に合わせて舞う 都をどり にどっぷりとはまってしまった京都でした。

最近私は皆さんの予想を裏切ってアルゼンチン・タンゴに目覚めていますので、踊りがどんなものかほんの少し分かってきて様な気がします。身体は必ずしも自分の思い通りになるわけでもなく、意識するかしないかでは
踊りの美しさに差が出てくるものです。身体の使い方はバレエと日本舞踊などでは大きく違うのでしょうが、一つ言えることは身体のバランスなのではないでしょうか。
簡単に聞こえるかもしれませんが、自分自身が身体の中心で立ている事がとても大事なのだと思います。

みなさんもう一度自分の立ち姿が正しい位置で立っているかを確認してください。正しい立ち姿はその後の歩き方にも差が出てきます。骨盤をちゃんと固定して上体がぐらつかないように意識してみてください。
私はこの歩き方と自分の骨盤の位置を常に意識するだけで身体が締まってきました。
これから薄着になる季節に向かって きれいな姿勢と歩き方で少しだけ自信をつけてくださいね。